袖珍鏡などとも呼ばれる、今で言えばコンパクトにあたるような小型の鏡。
分厚い六花形の周縁をした素文の鏡に、文様を打ち出した銀板に金メッキを施して嵌め込んでいる。中央の鈕と鳥や獣は背面から槌で叩いて銀板を延ばして浮彫風に浮び上がらせたもので、地には極小の魚々子と呼ばれる小円をぎっしりと打って敷き詰めている。
唐代は西アジアから流入した金銀器の製作技術が頂点を極めた時期で、本鏡はその技術が鏡に導入されたもの。銀貼鏡は平脱鏡・螺鈿鏡と共に宝飾背鏡とも称される。盛唐代には単なる鋳造の青銅鏡には表現できない、一層の装飾性と色彩的華やかさが鏡に求められたものと思われる。
文様・魚々子の打ち出しは精微であり、白銅地・錆色と鍍金色の対比が美しい。銅鏡鋳造の中心地は揚州であり、揚州の銅鏡は朝廷皇族への貢物となっただけでなく、民間においても広く賞賛されたことが文献にもよく見受けられる。
参照 : DK-082 |